噂のあいつ 「気持ち」


結局、僕の中に起こったへの感情の正体がよくわからないまま僕はその日家に帰った。

本当に、一体この気持ちは何なんだろう。
一種の憧れのようなものだろうか。

は何となくカリスマみたいなものがあるからそれも有り得なくはないんだけど…
何だか違う気がする。

姉さんに占ってもらおうかな。
でも姉さんに占ってもらって悪魔の正位置が出たりしたらあまり気はよくないなぁ。

(姉さんはタロットカード占いが得意なんだ。で、悪魔のカードの正位置は悪事とか不健全な恋愛とか 病気が長引くとかロクな意味がないんだって。)

しかもそれがよく当たると評判の人が出した結果だったりすると余計に、ね。

…何だかんだと考え込んでいるうちに訳がわからなくなって僕は夕飯を済ませると、風呂に入ってさっさと寝ることにした。

で、次の日。

「ふっじー、おっはよ〜ん☆」
「やあ、お早う、英二。」

僕はとりあえず、いつものように登校していた。

「昨日はえらいことになったね、不二。」

英二が言った。

「そうかな?僕はまた強い相手に会えて運がいいって思ってるんだけど。」
「ちぇーっ、不二は余裕だにゃ。俺なんかせんせんきょーきょーしてんのに。」
「まあ、確かにまた青学に化け物が増えたことは確かだね。顔も性格も全然違うのに
あの辺はさすが、手塚の従兄弟って感じかも。」
「どぅわーれが(誰が)化け物だってー?」

………………………。

「うわあぁぁっ!!」
…いつの間に…」

一体どうやって気配を消していたのか、が僕と英二の間に割って入っていた。
神出鬼没ってこのことだね…。

それはいいんだけど、僕は何をドキドキしているんだろうか。

「おい、不二、どーかしたのか?」

が僕の顔を不審げに覗く。

「顔が赤ぇぞ?」
「ううん、別に。何でもないよ。」

僕は慌てて言った。

赤くなってる?僕が? 何でだろ…。

「とにかく朝練行こうよ。遅れたら、ね?」
「そーだな。」

は賛成した。

「またあの眼鏡ウナギに説教されちゃかなわねーからな。」

ウナギ呼ばわりに僕と英二は昨日についで再び吹き出した。



朝練になっても僕は精神不安定だった。
どういう訳だかを見ると妙にドキドキしてしまい、落ち着かない。

しまいにはが近づいてきたら頭にカーッと血が上る始末だ。
…ダメだ、僕絶対おかしい。

「おい、不二。」

ドッキーン!!

「な、何だい、?」
「あんだ、その挙動不審者みたいなどもりよーは?」

きょ、挙動不審…。
まあ、言われても仕方ないけどさ。

「まーいいや。それよりよ、不二、お前サボテン育ててんだってな?」
「? うん、そうだけど…」

誰だろ、喋ったの。
可能性としては英二か乾あたりかな。

「あのさー、俺も実はサボテン持ってんだよ。でも最近俺のサボちゃん3号が元気なくてさー…」
「サボちゃん3号???」
「おうよ。サボちゃん1号、2号、3号といるんだな、うちには。」

わざわざ名前までつけてるんだね。でももサボテン好きなんて…
嬉しい偶然ってやつかもね。

「んでだな、不二。悪ぃんだけどもし今日空いてるんならさ、放課後の部活終わった後で俺んちに来てくんねぇ?
何せ俺の愛するサボちゃんの危機だし、見てもらえたらかなり助かるんだけど。」

え…の家にお邪魔する?!
たちまち僕は顔がカーッと熱くなるのを感じた。

やっぱり僕はどっかおかしいに違いない。
英二や大石の家にお邪魔するのと、の家にお邪魔することのどこに特別な違いがあるだろう?
あるはずないのに、僕は何か妙に意識してしまってる。

「いいよ、そういうことなら。」

僕は内心の動揺を隠しこんで微笑んだ。

「自分の大事に育ててるのが具合悪いと心配だものね。」
「ほんとかっ!?」

言うは本当に顔を輝かせていて、

「助かるぜー、不二ー!!礼はちゃんとするからなっ!!」

何だかまぶしかった。

「そんな…大げさだよ。」

僕は応えながらふと、何か気配を感じてちらっと後ろを見た。

手塚がいつの間にやら僕とを見つめて、何やら普段以上に険しい顔つきをしていた。



それからどうやって時が過ぎたのか、僕は全く記憶がない。
ただ、気がついた時には放課後の部活に入っていた。

「不二〜、どうかしたの?」

部室で着替えている時、英二が唐突に言った。

「どうかってどういうこと?」

僕は聞き返す。

「だってさっ、今日朝練終わってからずっとボーッとしちゃって
知らない世界に行っちゃったって感じじゃんっ?」
「あれ?そうだった?御免、僕全然意識なかった…」

英二はやっぱり、とため息をついた。

「にゃんか悩みあるんならさ、溜め込んでないで俺にでも言ってよね?
あんましボーッってしてたらウナギ…じゃなかった、手塚にグランド100しゅ〜とか言われちゃうぞ。」
「うん、そうだね。」

僕は英二の友情に感謝しながらもやはりボンヤリとしながら呟いた。

多分、こればっかりは誰かに相談しようにもどうしようもないと思う。
自分でもどうなってるのかよくわからないんだから。

「それにしてもどしたのかなー。」

、と聞いた瞬間僕の心臓はまた跳ね上がった。

「俺達より先に教室出てたのにまだ来てないよー。あ、もしかして桃とネタ合わせ?!」
「英二、は漫才師じゃないんだから。」
「だって昨日からいきなし桃とボケ突っ込みやってたんだよ?」

英二の台詞に何となく説得力が加わったよーなそうじゃないよーな…

「まあ、噂をすれば来るんじゃない?今朝もそうだったし。」

僕は何でもない振りをしながら言った。

何となく、今朝見てしまった手塚の険しい顔を思い出してしまったのは何故だろうか。

は手塚と共に部活が始まるギリギリにやってきた。
別にどうってことはない筈なのに僕は落ち着かない気持ちになった。

は今朝のことで何か手塚に怒られたんじゃないか、という気がして。

でもは特にこれといったサインを出すこともなく練習に励んでいたので
それは僕の取り越し苦労かもしれない。

「ここのテニス部はおもしれーな。」

が言った。

「ウナギを筆頭に、天才、アクロバティック猫、生意気一年生、ストーカー予備軍の眼鏡君に、
実は動物好きのヘビ少年と馬鹿力のハリモグラ、ついでに性格デュアルトーンまでいる。
ここまで来ると奇人変人大集合だってのに実力もお墨付きときてる。
これほどおもしれーとこは早々ないぜ。」

面白いのは寧ろ、君の表現方法だと思うけど。

僕は心の中で呟いてこう聞いた。

「前のところはどうだったの?」

聞いた途端、の表情が曇ったので僕はしまった、と思った。
の出身校が全国レベルのチームワークの悪さで有名なところならばその実態は聞くまでもないはずだ。

僕としたことが大失態だ。

「まー、あんましよくなかった…かな。しかも今年になってから一挙に人数がギリギリになって、更に俺と後輩が
1人、こっちに引っ越したから。」

はそれだけ言ってそれ以上その話題には触れなかった。
謝ろうかと思ったけれど、それは余計に気まずくなるだけだと気がついてやめた。

「あ、そうそう、不二。」

はパッと明るいモードに切り替わった。

「今日の帰り、忘れないでくれよ。」

あ…
僕の顔がまた熱くなる。

、不二、」

そこへ手塚が業を煮やしたように言った。

「これ以上私語が多いようならグランドを走ってもらうぞ。」
「じょーだんじゃねぇ、てめぇに走らされるくらいならスミレちゃんにどつかれた方がマシだぜっ!」

は憎まれ口を叩いていたが、そのせいで結局グランド10周を言い渡された。



「ふぇ〜、ひでぇ目に遭ったぜ。あの眼鏡ウナギ、きっちり走らせてくれちゃってよ!」
がいらないこと言うからでしょ。従兄弟だって言っても、もうちょっと遠慮しないと。」

夕暮れの道を、と2人で歩きながら僕は言った。

「だってよぉ、国光の奴のあの体制はマジで付き合いきれねーぜ?!お前らだって思ってないわけじゃないだろーが。」
「えーと…」

それには敢えてコメントしないでおこう。

「それより、君のえっと、サボちゃんだっけ?」
「サボちゃん3号だ。」

会話内容すり替え成功。
あ、そこの人、黒いって言わないように。

「そのサボちゃん3号の様子、早く見てあげないとね。」
「おお、そーだ!待っててねー、サボちゃん3号ー!!」

は1人叫んで勝手に駆け出したので僕は慌ててその後を追いかけなきゃならなかった。

の家は閑静な住宅街にある一戸建てのうちの一軒だった。

「ほら、入ってくれ。」

が玄関のドアを開けて僕を促す。

「う、うん。」

やっぱり胸が高鳴っていて僕はそ知らぬ顔をしながらも玄関に上がるのに心境的に苦労した。

「お邪魔します。」
「あー、そうかしこまるなよ。俺以外誰もいねぇから。」

え……?

「ご両親は働いてるの?」
「いーや、」

は客用スリッパはどこだったかなー、とブツブツ言いながら玄関に据えてある棚をゴソゴソする。

「母さんは死んだし、親父は外国の生物研究所で働いててここんとこ日本に帰ってきてねぇ。
親父の仕送りで生活してんだ、俺。」

誰もが目を見張ってしまうような事情をはしれっとした顔で口にした。

「でも、手塚んとこは親戚でしょ?一緒に住まないの?」

僕の質問にはあぁ?と眉をひそめた。

「やだよ、あんなどっかの親父並みに口うるせぇ眼鏡と一つ屋根の下なんて。
大体、親戚に迷惑かけるなんて俺のスタイルじゃねーあな。」

本音は多分、前者よりも後者に置かれていると思う。

「そう…」

僕はそう応えるのが精一杯だった。
あまり考えたことなかったけど、世の中には色んな環境の人がいるんだね。

「俺のサボちゃん達はこっちだ。」

は僕を2階に連れて行ってくれた。

2階にはいくつか部屋があってその内、一番階段に近いところがの部屋だった。
ドアには茶色い木を加工したプレートがかかっていて

の部屋。無断入室したらコロス(`´#)」

…などと少々物騒なフレーズが書かれている。

そのドアを入った中の出窓に、問題のサボちゃんズは置かれていた。

「ほら見てくれよ。」

は出窓においてある3体のサボテンの内、1つを指さした。

「なーんか、色がよろしくないんだよな。」
「その前に、」

僕はが指さしたサボテンを見ながら呟いた。

「何でこの子、サングラスなんかかけてるの?」

そう、の言うところのサボちゃん3号は縁を赤に、レンズにあたる部分を黒に塗ってあるサングラスのミニチュアをぶら下げていたのだ。

「俺の趣味だ。」

の台詞はあまりにもきっぱりしていた。

「なかなかいいだろ?樹脂粘土こねて、その上にアクリル絵の具を塗った凝った俺のお手製だ。」

あ、いばってる。
まあ、確かにサボテンに対する愛情を感じるけどね。

「それにしてもこれは…」

僕は元気のないサボちゃん3号をしげしげと眺めた。
それから自分のところのサボテンでこんな症状に心当たりがないかしばし考え込んだ。

…あ!!

、この子日当たりの悪い場所に置きっ放しにしたことない?」
「あ゛っ…!!」

どうやら心当たりがあるらしい。

「そーいや、一遍そんな失態をしでかしたよーな…」

冷や汗を掻くの姿はさながらギャグ漫画だ。

「うおぉぉぉぉぉー、ごめんよぉ〜、サボちゃん3号ぅぅぅぅぅぅぅ!!」

ドビュンッ!!

は高速で窓に駆け寄り、サボちゃん3号の小さな鉢をギュッと握り締めた。
多分、サボテンが棘のある植物でなかったら頬ずりまでしていただろうことは間違いない。

、落ち着いて。大丈夫、きっと何とかなるよ。」
「ほんとかっ、不二!?」
「う、うん。」

まるで子犬のごとく目を輝かせて僕を見つめるを少し可愛いかも、と思った僕は
明らかに変な人だと思う。

僕はにどうすればいいかを一通り教えて、それからついでにメモも書いた。

「サンキュー、不二!!これでサボちゃん3号も助かるぜー!!」
「どういたしまして。僕でよければいつでも力になるから。」
「うぉー、お前はいい奴だぁー!!…ちと黒いけど。」

今、何か余計なこと言わなかった?
まぁいいや、それよりいきなり飛びついた挙句そのまましがみつかないでほしいな。
その…

心臓がもたないから。

僕は馬鹿みたいにバクバク言い出した心臓がにバレやしないかと冗談抜きで心配した。

、苦しいんだけど。」
「おう、悪ィ悪ィ。」

が離れてくれて、僕は少しホッ。
やっぱり僕はどっかおかしい。
そうに違いない。

でなきゃこんな気持ちになる訳がない。
本当、何なんだろう。

の部屋のドアがいきなり開いたのはその時だった。

「何やねん、さっきからやかましーなー。」

聞き覚えのある声に振り向けば、

「君は…氷帝の忍足君…」
「おう、何や、不二が来てたんか。」

僕はどういうこと?、とを振り返る。

「あー、関西にいた時の知り合いでな。昨日から泊めてやってんだ。
おい、そういや侑士、お前結局今日学校さぼったんか。」

いきなりが関西弁になったので僕は内心ビビッた。
でも、よくよく考えたらだって関西出身だ。
本来なら不思議はない。

「行く気になるかい、親が喧嘩したから飛び出してきたんやで?テンション下がってるわ。」
「それはええけど跡部がうるさいんちゃうんか?今頃、あのサボリ何してんねん、みたいなこと言うとうで。 今頃お前んちに電話しとうかもなー。」
「あーもー、俺の前でその、トウトウトウトウ語尾につける神戸弁やめろや。鯉を呼ぶんやあるまいし、
うるそうてかなんわ。」
「何やとー、神戸弁を馬鹿にすなー!!」

地域色一色に染まった会話に僕はどうしたものかわからず、ただ沈黙するしかなかった。
それにしても、何かまた変な気持ちになってきた。

何だろう、何だかムカムカするというか、イライラするというか…

「あ、あのね…」

僕はおずおずと口を開いた。

「関西弁って場所によってそんなに違うもんなの?」

『全然ちゃう!!』

答えは同時だった。



「じゃーな、不二。今日は有り難う。」

家の門の向こうからが言った。

「ううん、全然構わないよ。」

僕は笑って答える。

でも、実際はあまり笑えなかった。

あの後、はしばらく忍足君とばかり話していて僕のことはほったらかしだった。
昔の知り合いなんだから話が盛り上がるのは仕方がないけど、おかげで僕はかなりの疎外感を感じた。

いや、それだけじゃない。
と忍足君の様子を見ているうちに、疎外感とはまた違うイライラが募ってきて…

間違っても顔に出さなかったけど抑えるのにどれだけ苦労したことか。
…これは普通、友達相手に抱くような気持ちじゃないと思う。

ハアァァァァァァァァ

の家から帰る道すがら僕は柄にもなくこんなため息ばかりついていた。

本当に僕はどうかしている。

一体どうしたんだろう。

わからない。全然わからない。

…そんなこんなで頭がこんがらがったまま僕は家に帰った。

「あら、周助お帰り。」
「ただいま、姉さん。」
「周助、どうかしたの?」

唐突な姉さんの発言に僕は怪訝な顔をした。

「どうかって?」

何か、今日これと同じようなことを問い返してたような気が。
でも、問い返した言葉は似ていてもそれに対する答えはまるっきし違った。

「何だかね、」

姉さんは言った。

「まるで恋してるみたいな顔つきだなーって思って。」

恋?!

僕は思わず目を見開いた。

「ちょっと、周助?周助ったら!!」

ま、まさか、

そんなはずは…

姉さんの呼びかけに応えないまま、僕はずっと突っ立ったまま硬直していた。

To be continued...


作者の後書き(戯言とも言う)

とゆーわけで不二ドリーム連載第2話であります。

たったこれだけ書くのになかなか文章が出てこなくてちょっと苦労しましたが
何とかしてみました。

ちなみにお気づきの方もいらっしゃるでしょうが、設定が一部、海堂少年の〜目指すもの〜シリーズとリンクしてたり(笑)

しかし、またやってしまった。関西弁。
どーしても関西弁でないと自分の言語って気がしないタチは明らかに問題ですな。

とにかくまだ続きます。お楽しみに☆

参考文献 美堀真利:『運命が見えるタロット占い』(成美堂出版,2000).


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